政府・日銀の市場介入とスワップ派。どのような関係があるのでしょうか。最初に、政府・日銀の市場介入から確認しましょう。そして、市場介入と為替レートの関係を確認しましょう。

市場介入とは

市場介入とは、政府・日銀が外国為替市場で外貨を買ったり売ったりすることです。政府・日銀も国際社会で活動する主体の一つですから、必要に応じて外貨を買ったり売ったりすることは珍しくないでしょう。

ただ、目的は、為替差益を得ることではありません。政府・日銀の場合は、外国為替レートを適切な水準に維持するために影響力を行使しているのです。

よって、過度に円高が進むと、政府・日銀の市場介入があるのでは?と市場関係者が注目し始めます。すなわち、政府・日銀が米ドル/円(USD/JPY)を買うのではないか?と考え始めるのです。

政府・日銀は巨大な資金を投入できますから、ひとたび為替レート維持のために行動すると、その影響力は大きいです。そこで、外国為替市場で活動する人々は政府・日銀の行動に注目することになります。

なお、「政府・日銀」という表現を使っていますが、これは以下の意味があります。

市場介入するかどうか決める・・・財務大臣(財務省)
市場介入の実行部隊・・・日本銀行

市場介入するかどうかを決めるのは財務省であり、日銀ではありません。日銀は実行部隊に過ぎません。財務省から情報提供を求められれば、日銀は財務省に情報を提供します。よって、市場介入に対して一定の影響力を行使できるのでしょうが、決定権はありません。

以上の理由から、「政府・日銀」という表現を使います。

 

市場介入と米ドル/円(USD/JPY)の関係

それでは、市場介入とUSD/JPYの関係を確認しましょう。上が市場介入(「外国為替平衡操作」といいます。)の実績、下がUSD/JPYの推移です。市場介入額の単位は億円です。
(データ引用元:財務省ホームページ

BOJ

市場介入があった辺りで、下方向に矢印を引いています。このグラフとチャートから分かることを書き出します。

1. 1995年~1996年の介入
市場介入後さらに円高になり、引き続き介入を継続しました。その後、円安に転換しています。(ただし、1995年は阪神・淡路大震災が発生しました。よって、この市場介入は他の3つと切り離して考えたほうが良いかもしれません。)

2. 1999年~2000年の介入
1999年の市場介入開始後も円高の流れは止まらず、2000年になってようやく円安転換しました。

3. 2003年~2004年の介入
2003年の市場介入開始後も円高の流れは止まりませんでした。次第に介入額も劇的な大きさに膨れ上がっている様子が分かります。その後、2004年にピタリと市場介入がなくなりました。そして、なおも円高は継続していますが、2005年あたりから円安の流れになりました。

4. 2010年~2011年の介入
今だかつてない巨額の市場介入をしましたが、すぐに円安転換することはなく、円高傾向が継続しました。2012年後半になって、円安傾向に転化したことがチャート上でもはっきりと分かるようになりました。


以上の市場介入実績から、何が分かるでしょうか。

1. 市場介入直後に効果が現れるわけではない。
市場介入してから実際に円安トレンドに転換するには時間がかかっています。

市場介入直後は為替レートは円安方向に跳ね上がるのですが、その後じわじわと元のトレンドに戻って行ったのだろうと考えられます。そして、しばらくすると、市場介入の効果が本格的に出てくるという流れでした。

2. 市場介入後しばらくしてからUSD/JPYを買っていれば、利益をあげることができた。
これは大きな情報です。利益額は100銭や200銭といった「細かい利益」ではありません。1,000銭単位の巨額な利益です。よって、市場介入後しばらくしてからスワップ派を始めるという選択肢を検討したいです。

なお、外国為替平衡操作実績の左軸にはマイナスがあります。よく見ると、1998年にマイナス方向の市場介入をしています。すなわち、「円買いドル売り」です。このいつもとは逆方向の市場介入でも、介入後しばらくしてから効果が出ていることに注意です。

すなわち、円高トレンドに転換しました。この時期はアジア経済危機やLTCM破綻などがあったのですが、市場介入後にトレンドが変わったという事実は認識しておきたいです。

 

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